京都府福知山市土師(はぜ)区の歴代区長が、地域などで起こった出来事を明治から昭和にかけて年度ごとにつづった「永代記録帳」が、このほど製本された。地元在住の80代の男性2人が自費出版。地域行事や戦前戦後の様子などが記され、当時の様相が伝わる貴重な資料となっている。
出版したのは芦田章夫さん(86)=土師町=と高橋正さん(84)=土師新町南=。「分区される前は一つの土師だったことや、土師の歴史を知ってほしい」と、土師4自治会の代表者の了承を得て、歴史に詳しい人らの協力も受けながら、現代の人にも読みやすいように編集した。
永代記録帳は、「区長が退任する前に執筆する」もので、区長が代々引き継いできた地域の記録。明治元年(1868)から、世帯・人口増によって「土師町」「土師宮町」「土師新町南」「土師新町東」の4区に分区される昭和56年(1981)までのことが記されている。
書かれているのは、「小学校を創設し子弟を教育す。当村は前田と一学区にして前田村愛宕寺を学校と為す」(明治6年)▽「土師区の境界を巡見し隣村との境を記す。猪崎村とは音無瀬川を以て境とす」(明治26年)など地域の歴史が分かる。
大正11年(1922)10月10日には「節約申合せ」として6項目が紹介され、そのうちの一つは「嫁を貰ひたる時、近所への挨拶回りは嫁及び付添の衣装を質素にするため、晩に回ること」と節約を求めた記述もある。
戦争にまつわる記述も目立つ。「出征軍人諸氏を祝宴会場に招待し、区民一同祝杯を挙ぐ。宴会に供したるもの、二重折詰、赤飯弐個、酒は飲み放題 区民は魚、赤飯弐個」(明治38年)、「昭和17年 11月19日 円覚寺梵鐘を供出す。午前八時打納式、区長組長以下出席して一日中鐘を撞かしめ名残を惜しむ」、「戦局の激化に伴ひ国内防備上、区内愛宕山上に高射砲設置の為、愛宕神社の移転方海軍当局より内命あり。(中略)突如中止の命に接したり。之全く不幸中の幸ひといふべきなり」(昭和20年)などがある。
芦田さん、高橋さんは「小説を読むような気持ちで土師の歴史を知ってもらえたら」と話している。
A4判、194ページ。堀のオカムラから50冊出版した。
写真=永代記録帳のコピーを持つ高橋さん(左)と出版した本を持つ芦田さん
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