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両丹日日新聞2015年2月 5日のニュース

夜久野からの視覚効果意識 和田山長塚古墳

0206kofun.jpg■7日に発掘現地説明会■

 但馬地方を代表する王の古墳が多い朝来市で、市教育委員会と市埋蔵文化財センターが長塚古墳の発掘調査を行い、古墳が夜久野高原からの見え方を意識して造られていたことが分かった。7日午後1時30分から現地説明会がある。申し込み不要で無料。

 朝来市内には約1600カ所の遺跡があり、そのほとんどは2世紀後半から7世紀末に造られた古墳で、和田山町筒江には近畿地方最大級の円墳・茶すり山古墳がある。ほかにも池田古墳や城ノ山古墳など但馬の王の墓と見られる古墳が多数あり、朝来など但馬地方は全国でも有数の古墳地帯となっている。

 これらの王墓は1カ所にかたまらず、バラバラな場所に築かれている。このことは「但馬の王が世襲ではなかった」可能性や、「刻一刻と社会情勢が変化して、おさえておかなければならない地理的な要衝が変わっていった」可能性を示すものとされている。

 そんな中で、長塚古墳を含む岡田古墳群だけは、唯一、王墓が集中して造られた遺跡群になっている。

 岡田古墳群があるのは夜久野高原の北西側、朝来市和田山町岡田。眺望が良く、古墳群のはずれには弥生時代の高地性集落・大盛山遺跡(現在は消滅)もあり、一帯は古くから栄えていたことがうかがえる。

 大盛山は夜久野高原からよく見える、地域のシンボリックな山。集落遺跡には、攻め寄せる敵に落とすための石があるなど、地理的好条件を生かした砦になっていた。同時に、聖地としての性格も備えていたらしく、一帯は大盛山を政治的拠点とするムラが形成されていた可能性がある。

 岡田古墳群は円墳3基と前方後円墳2基からなり、長塚古墳は1970年に始まった調査で70メートル級の大規模な前方後円墳だと分かっていた。

 第4次となる今回の調査は、古墳の墳裾(端)や主軸方向の確認などを目的として、1月16日から発掘にあたってきた。

 この結果、主軸方向を確認。和田山の平野部や夜久野方面からの視覚的効果を狙って造られたらしいことが分かった。また前方部の端も確認。全体の規模をつかむ一歩を記すことができた。

 現地説明会は1時間ほどを予定。足元が悪いため長靴を持参。問い合わせは市埋文センター「古代あさご館」。電話079(670)7330。


写真=夜久野高原側から見た岡田地区。右端中段が公民館で、古墳は集落内(写真中央右寄り)にある

    

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