世代を超えて伝えて行きたいものがある。例えばそれは、戦争の悲劇と平和の尊さ。かつて世界は大きな戦を経験した。第二次世界大戦が終わって69年。苦渋を味わった人びとは高齢となり、あるいは亡くなり、当時の様子が語られる機会が減った。そんな中、いまこそ史実を語り継がねばと、「引き揚げ」の記録を世界記憶遺産にとの運動が取り組まれている。
■大陸や南方に660万人 シベリアは60万とも80万とも■
昭和20年(1945)8月15日、日本の敗戦で終結した第二次世界大戦。この時、中国大陸や朝鮮半島、台湾、南方など海外に残された日本の軍人、民間人は、実に約660万人にのぼったという。こうした人びとを帰国させる事業が「引き揚げ」。呉、佐世保など全国で10カ所の港が引揚港になった。
京都府では舞鶴港に20年10月7日、釜山から最初の引揚船が入港。その後も続々と船が入って来た。各地の港湾での引き揚げは順次終わり、25年からは舞鶴が日本で唯一の引揚港となり、33年まで続いた。13年間で約66万人と遺骨約1万6600柱が帰国。この中には、ソ連領からの抑留者約46万人が含まれている。
終戦直前の20年8月8日、ソ連は日ソ中立条約(日ソ不可侵条約)を破棄して宣戦布告。満州などに攻め込み、多くの日本人を捕虜にして自国へ移送し、強制労働を強いた。「シベリア抑留」だ。
日本人抑留者数は60万人とも80万人とも言われ、厳しい自然と乏しい食糧、過酷で危険な労働などで多くの人が命を失った。現ロシア政府などから提供された名簿を元に厚生労働省がまとめたところでは、抑留者数は約57万5千人で、死者約5万5千人。しかし「死んだ仲間は10人に1人どころではなかった。戦後の混乱期のことでもあり、正確な数字は分からないのではないか」という人もいる。
明日への希望どころか、きょう一日を生きることで精いっぱい。みんながみんな「命からがら」の収容所生活と帰国だった。その命がけの日々の記録が、舞鶴市平の舞鶴引揚記念館に所蔵されている。
■このままでは歴史が消える…熱意通じて国内候補に■
全国の引揚者からの要望を受けて昭和63年(1988)4月に開館。多い時には年間20万人を超える入館者があったが、「戦後」が遠くなるに従い減少。市は平成22年(2010)に「在り方検討委員会」を設け、1年かけて審議をした。答申は記念館と所蔵資料の重要性を認め、「強く平和を訴える発信拠点に」と求めた。
これを受けて市は24年4月、それまでの委託・指定管理者制から市の直営にし、7月には世界記憶遺産登録へ名乗りを上げた。「単なる歴史館になってはいけない。史実を後世に伝えると共に、平和と命の尊さを発信していく施設に」。願いが通じて今年6月、大きな関門となっていた世界記憶遺産の国内候補に選ばれた。
■検査の目くぐったメモ 帰国待つ家族のハガキ■
引揚記念館が所蔵する資料は約1万2千点。引き揚げてきた人や家族から寄贈されたものが多い。体一つで収容所へ送られ自分たちで手作りした食事用の箸、スプーン。日々の監視と帰国・入国時の検査の目をくぐって持ち帰った小さなメモ帳。帰国後に思い出しながら描いた収容所生活のスケッチ・水彩画・油絵。このうち、日記、メモ、抑留体験画、帰国を待つ家族たちのハガキ、乗船者名簿など570点を「舞鶴への生還 1945−1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げ記録」として、遺産申請した。
抑留体験だけでなく、引き揚げてきた人たちを迎えた市民の姿も、資料は伝えている。来る日も来る日も肉親の姿を探し、「母は来ましたきょうも来た」と歌にうたわれた端野いせさんら大勢の岸壁の母、岸壁の妻たちのこと。炊き出しをはじめ、なにかと心を尽くした出迎えをした地元の人たち。舞鶴から鉄道で各地へ向かう引揚者たちに、沿線の人たちが農作業の手をとめて手を振り、引揚者たちを感激させたことなども、資料に克明に描かれている。
山下美晴館長は「舞鶴だけのことではなく、福知山や綾部など周辺地域の、そして全国の歴史なんです」という。
世界記憶遺産への登録可否が決まるのは、来年の春から今ごろにかけて。地元の関心が、大きなカギとなる。
引揚記念館は舞鶴市平、引揚記念公園内にある。年末年始と毎月第3木曜日休館(8月と祝日除く)。大人300円、小学生から大学生まで150円。電話0773(68)0836。
写真1=平桟橋で引揚者を出迎える人びと(舞鶴引揚記念館所蔵)
写真2=貴重な資料を保管する舞鶴引揚記念館
写真3=抑留生活の様子や心情を白樺の皮につづった日記。空き缶の先をとがらせ、ストーブのすすをインク代わりにして書いた
写真4=小さな展示物にも、抑留体験者の血のにじむ記憶が宿っている
写真5=「資料の保存だけでなく、活用にも努め、平和の大切さを訴えていきたい」と話す山下館長
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